大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和61年(あ)384号 決定

本店所在地

東京都町田市森野一丁目三二番一三号

新光商事株式会社

右代表者代表取締役

園田司

本籍・住居

東京都町田市本町田一八四八番地の五

会社役員

園田司

大正一一年一月二三日生

右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、昭和六一年二月一九日東京高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人らから上告の申立があったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件各上告を棄却する。

理由

被告人両名の弁護人吉田士郎の上告趣意は、事実誤認、単なる法令違反、量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 香川保一 裁判官 牧圭次 裁判官 島谷六郎 裁判官 藤島昭)

昭和六一年(あ)第三八四号

○ 上告趣意書

被告人 新光商事株式会社

同 園田司

右被告人等の法人税法違反被告事件について、次のとおり上告の趣意を述べる。

昭和六一年五月二一日

右被告人等弁護人

弁護士 吉田士郎

最高裁判所第二小法廷 御中

原判決は、被告人の控訴を棄却したものであるが、掲示する理由には、判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認があり、判決に影響を及ぼすべき法令の違反が存在し、且つ控訴棄却による一審判決の刑の量定は甚しく不当であって、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと思料する。

原判決は、本件控訴にかかるほ脱金額につき、これを具体的に構成するとする各事実に関して漫然とこれを総括のうえ被告人が法人税を免れようと企て、売上の一部を除外するなどの方法により所得を秘匿したものと認定し、ほ脱金額を九六二六万九六〇〇円也として量刑しているものである。

しかしながら、その指称するほ脱行為なるものは一〇項目にのぼる各事実によって組成され、単なる会計手続上の過誤に起因するものを含めて各事実はそれぞれその性質、内容、経緯が異なり、通常、申告の過誤として訂正処理されるべきものまでほ脱の故意にかかる犯罪として把握され、昭和五六年六月一日から昭和五七年五月三一日までの事業年度における被告人会社の事業所得の申告につき、これを一括して法人税法第一五九条一項、二項を適用した著しい事実誤認及び法令適用の誤りがあり、且つまた修正申告のうえ完納した本件の事案に関する第一審の量刑は甚しく不当であることは明白なところであると思料する

以上順次上告の趣意を叙べる。

第一 第一審において被告人は、公訴にかかる諸事実の形式的外形的存在は認めるとしても動機の点は明白に別異の主張をなしているのである。

第一審における弁論において「その事実が存在することは否めないところで」あり、被告人園田は、被告人会社に適正な法人税額負担を免脱させることとなった行為を反省するが、必ずしも計画的な脱税行為と指称できないものもある、と主張した所以はそこに存在する。

以下、原審及び第一審が認定した事実についてその事案の経緯を検討する。

一 原判決の認定にかかるほ脱額の内容を構成している事実は、冒頭陳述書添付の「ほ脱所得の内訳明細」に記載されている内容の各行為になるが、同明細番号1、勘定科目売上高、金一一八、四二四、〇〇〇円也を除外した件については、その事情、経過は、被告人園田の各検察官調書及び同人の第一審における供述により明白なところであると思料する。

(一) 相模原市大野台二丁目二四四六番地一、宅地四、八六八・五九平方米(以下本件土地という。)を財団法人日本労栄協会(以下単に日本労栄という。)に坪当り金四八万円をもって売却するに当り、表面の売買契約上の坪単価を金四〇万円也とし、実際の売買代金七億七五二万円と契約上の売買代金額五億八、九〇九万、六〇〇〇円との差額金一億一、八四二万四〇〇〇円也を除外することとなった次第である。

(二) 園田被告人としては、被告人会社の事業上の判断から本件土地を坪当り五〇万円位で処分したい意向を有していたところ、偶々株式会社中野組営業本部の島田克彦を通じ、日本労栄から坪当り四八万円をもって購入したいという申出があり、同人はこれを承諾したものであった。

国土利用計画法による神奈川県知事の指導では、本件土地の対価は、当時坪辺り三八万円から高くて四五万円位のところで、大体四二~三万円位(島田克彦の昭和六〇年四月二三日付検察官調書)が予想されたが、本件土地付近は価格が上昇中のところであり、時期的経過によっては近い将来、被告人の希望する価額による届出も可能であることを神奈川県の所轄業務担当官により聞知していたため、三ヵ月位の猶予期間を置いた取引を日本労栄に希望し、その間に国土利用計画法による坪当り四八万円也の譲渡価格の承認を取りつけようと考えたところ(被告人供述)、日本労栄の方では、前記島田克彦を通じ、予算関係の事情による早急な取引を要望して来たため、結局、日本労栄の提案による国土利用計画法の届出を坪当り金四〇万円とし、これを超過する八万円は裏に隠すこととする取引方法に応ずることとなったものである(新沼順男の昭和六〇年四月二六日付検察官調書、島田克彦の昭和六〇年四月二三日付検察官調書、園田司の昭和六〇年四月二七日付検察官調書一四丁)。

(三) 日本労栄では、裏金となる一億一八四二万四〇〇〇円について、最終的にこれを建物の工事費として上乗せ計上する処理をなしたらしいが、日本労栄の方ではその処理の経緯、方針を被告人の力に対して全然連絡をとらず、被告人としては、日本方栄の提案に従い取引方法を設定した以上、土地代金として勘定科目が起されていないのであるからその指示がない限りその会計上の処理は不可能だったわけで、差額分の差益についてこれを除外することは常識的にも困難であることは自明なため(被告人供述)コンサルタント料などの名目で処理計上することも考慮していた次第であったが(園田司の昭和六〇年四月二七日付検察官調書添付覚書)、日本労栄の方に連絡してもその確答が得られず、事後処理を苦慮しているうちに時間が経過したという事情が基本となっているものである。

(四) 被告人が、当時裏金分の金員を三菱銀行町田支店に個人の実名で預金していた事実は、いづれ除外した金員は、何んらかの処理をなして表に出し経理せざるを得ないため、日本労栄の意向を待ちながらその処理がなされるまでのつなぎ的意味で経過的に滞留させていた事実と意思を如実に物語っている次第である(被告人供述)。

二(一) 同明細番号2の仲介受取手数料については、町田市中町一丁目三八番所在宅地三筆(面積一、〇六八・二九平方米)の売買につき、株式会社秋山商会をダミーとして介在させたその反射的結果として仲介手数料を除外せざるを得なかったものである。

被告人会社としては、有限会社協同観光から三田村建設工業株式会社に本件土地を売却処分するについて、当然に仲介手数料を取得できる筋合であったし、秋山商会をダミーとして介在させていなければ、その取得金額を公表して会計処理することになり、その場合の対税的負担もそれ程大きな差異を生ずるものではなく、被告人会社としては特別にこのような措置を講ずる必要のないものがあった。

(二) 秋山商会の代表者秋山初蔵を当初本件土地の売買につき仲介人として推薦したのは、協同観光の共同経営者の一人である今井長成であり、秋山は中央開発工業株式会社を買主として斡旋したところ、その不履行により、秋山初蔵は、中央開発工業が売買の手付金として協同観光に交付した手付金一〇〇〇万円の処理を含めて事態の解決につき賓任を負担することになっていたものである。本件土地が四億一二〇〇万円をもって三田村建設工業(株)に売却されることを聞知した秋山は、今井長成に勧められ、且つ同人としても自己の経営する秋山商会の資金繰りの逼迫から是非ダミーとして行動することによる謝礼を取得したいと考え、園田被告人に対してダミーとして使ってくれるように頼み込んだ次第であった。

園田被告人は、今井長成からもダミーとして秋山商会を使って貰いたい旨の要請を受けたため(被告人供述)、協同観光の他の出資者である園田忠士、山下政治にも相談した結果、秋山商会をダミーとして介在させることになったものである。

(三) 右事情は、当初秋山商会が協同観光より三億一〇〇〇万円をもって本件土地を買入れる契約になっていたものを、今井長成が勝手に三億と書換えた事情(秋山証人の証言及び同人の昭和六〇年四月二二日付検察官調書、同調書添付の協同観光、秋山商会間の売買契約書二通)、更には秋山初蔵が、協同観光の共同経営者である前記園田忠士や山下政治に対してダミーを認めてくれたお礼の挨拶廻りを行っていた事情等にとってもその間の経緯を看取できる次第である(秋山初蔵の証言。)

(四) その結果、秋山初蔵に対して金二九六六万円の謝礼が協同観光より支払われることになったが、秋山商会は、形式上、協同観光より取得した三億円と三田村建設工業に売却したことになる四億一二〇〇万円との売却差益金一億一二〇〇万円について申告をなし、納税もなしていたことが窺われる(秋山証言)。

園田被告人としては、同明細番号8の受取配当金一〇〇〇万円に仲介手数料三〇〇〇万円を合計した四〇〇〇万円の所得を被告人会社の収益として公表計上しても税務上はそれ程大きな較差が出るものでなかったものと考えられ、今井長成及び秋山初蔵の強い要望と依頼がなければ、このような危険な操作を敢て行うほどの実益はなかったものと思料される。

三 同明細番号3、4、10、については、町田市本町田三二九三番五号所在の宅地八四平方米が実測をなした結果、公簿面積を超えて余分に存在することになり、この縄延び分を佐藤安弘に売却した次第であるが、公簿面積の分は全部売却済みで余分に残った土地の処分につき、本来ならばその分を昭和五七年五月期の期首資産に計上すべきであったに拘わらずこれを脱漏したため、広島会計事務所に依頼し、同事務所の指導で同期中に仕入れたように仕訳することととし、仕入原価は八、五三四、七八〇円(園田被告人の昭和六〇年四月二五日検察官調書添付昭和五七年五月期における法人税確定申告の附属書類土地の譲渡にかかる譲渡利益金額に対する税額の計算に関する明細書)、収入の方は、売却価額の一五、二七〇、〇〇〇円を雑収入として計上したものであった。課税負担としては前後を通じて異動はないものであるが、その仕訳を否認され、棚卸高としては五、一三九、四九四円に減額されたものであった。

四 同明細書号5、6、7についてその経緯は、被告人の検察官調書及び被告人供述のとおりである。

五 叙上の次第であって、太件各ほ脱行為には、会計処理上の過誤に属する性質を有するものがあり、またその動機や附随事情として憫察酌量すべきものも存在すると考えられる。

第二

一 被告人会社は、昭和五七年五月期における法人税について二回の修正申告を行い総額を金一億三五六万九、六〇〇円とする法人税及びそれに伴い延滞税七、九四三、〇九七円並びに重加算税二二、六四六、五〇〇円、合計一億三四、一五九、一九七円也の税金を納付し、それに地方税を合算すると約二億円也の税金を納付している次第である。

二 そもそも租税ほ脱犯が成立するためには、租税ほ脱の認識が必要であり、偽りその他不正の行為によって真実の所得より少ない所得金額を申告することに関する認識が必要であると解される次第であるが、ほ脱犯の構成要件である客観的事実の認識については、すくなくとも納税義務の対象をなす所得の存在についての認識を要するものと考えられる。その認識を基に偽りその他不正の行為に該当する事実の認識が更に必要とされるものと思料されるところ、会計上の処理手続の解釈に関する見解の相違又は過誤により、所得に異動はなくても、その仕訳に関する処理の誤りがある場合(前述明細番号3、4)には、厳密にほ脱犯としての認識があるか否か疑問となる。

既に冒頭で述べたように、被告人園田は、第一審において原判決が認定した各ほ脱行為について、非法律的な世俗的見解をもってそのような外形的事実は認めるとしても、被告人自身としては最終的な除外行為をなす意図はなかったものであるという真情を述べている次第であるが、そのような考え方を本件全体に関する法律判断について採択できないことは当然であるとして、原判決の認定を構成する事実の中にはほ脱犯としての故意の存在に疑問を持たざるを得ないものがある次第である。

会計上の科目仕訳の方式について見解の相違する事例があることは、例えば本件の修正申告について町田税務署の見解を東京税務局が否認している事例によってもこれを看取できるところである。

三 原判決は、ほ脱率が九五・八七%と高率であることを指摘しているが、申告額が極めて低率となった事情については、相模原市大野台の土地処分の件につき、表と裏の売買差額一億一八四二万四〇〇〇円という多額のものが処理できないため一括して申告から除外された結果、このような低い申告率を生じさせたものであり、第一審で述べたように、数多くの取引行為から生じた利得を計画的に按配操作した結果によるものではない事情を鑑みるとき、ほ脱率が異常に高くなった事情も、被告人の法違反に対する悪性を懲表するものでない一過的な現象であったことが判明するものといえよう。

相模原市大野台の件について、被告人としては、発生した除外金を完全に秘匿するという認識はなく(被告人質問)、日本労栄の会計処理と符合させた形で処理する気持を有していたものであり、日本労栄にその旨の連絡をとったし、また最後まで日本労栄から建築費の上乗せという形式で処理した旨の連絡がなかったという被告人の供述によっても、一旦除外した金員をどのような形で税務処理するか苦慮していた状況が窺われ、町田市中町の件と同様に後日何んらかの形で申告を修正する意思を有していたことが判明し(被告人質問)、国家の課税権を侵害して些かも省みないような事態とは全く異なる情状が理解できるのである。

四 園田被告人は、第一審で取り調べられたように、健全な社会人として社団法人東京都宅地建物取引業協会町田支部支部長を勤めるほど信望も厚く、税法違反を含めて前科経歴は一切存在しない。

前叙のような事案の経過・経緯に鑑みるとき、既に修正申告に基づき、本税、重加算税、延滞税を含めて全額の納付を終了し、衷心より反省改悟している園田被告人及び被告人会社に関し、被告人会社に対しては法人税法第一五九条第二項に基づき、(悪質な)情状により特別に加重された規定を適用して罰金額金二七〇〇万円を課し、園田被告人に対しては懲役一年、執行猶予三年という刑罰を課して、不動産の取引をもって職業とする被告人の業務上の資格に関する生活権を奪うような結果に至る原判決の量刑は、租税法秩序の侵犯に関する行為類型の評価を誤まり、不当に過酷な量刑を課しているものと考えざるを得ない。

前科経歴もなく、犯罪成否の問題とは別に社会的な意味で実質上のほ脱の意図もなく、いづれ修正申告によって納付する意識を有しており、且つほ脱額の全額を早くに納付済みである本件事案につき、被告人会社に対して法人税法第一五九条第二項を選択する特別な情状の判示もなく、また右述のように被告人園田に対し懲役一年を量刑されるということは健全な社会通念に照し、徴税権の保護について余りにも権戚主義的な判断であると考えざるを得ないのである。

第三 叙上の次第で、被告人は、単なる会計手続、経理処理上の過誤に起因する内容を含んだ昭和五六年六月一日より昭和五七年五月三〇日までの被告人会社の事業年度における事業所得につき、軽々にその全部を一括して虚偽、ほ脱にかかる過小申告と認定した原判決に対し、判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認及び法令の違反があり、且つ控訴棄却による第一審判決の量刑は、本件事案につき甚しく不当であるものとして上告に及ぶ次第である。

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